大阪高等裁判所 昭和48年(ネ)935号 判決 1974年11月28日
控訴人・附帯被控訴人 国
代理人 井野口有市 外六名
被控訴人・附帯控訴人 今村吉也 外一名
主文
一、本件控訴及び附帯控訴に基づき原判決主文を次のとおり変更する。
控訴人は被控訴人らに対し各金一三五万円及び内金一二〇万円に対する昭和四四年七月一四日より支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
被控訴人らのその余の請求を棄却する。
二、訴訟費用は第一、二審を通じこれを二分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人らの負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、附帯控訴につき、「本件附帯控訴を棄却する。附帯控訴費用は被控訴人らの負担とする。」との判決並びに担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求め、被控訴人ら代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求め、附帯控訴人(被控訴人)ら代理人は、「原判決を次のとおり変更する。控訴人は被控訴人らに対し各金二七五万円及び内金二五〇万円に対する昭和四四年七月一四日より支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。
当事者双方の主張、証拠の関係は左記のとおり付加するほかは、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。
被控訴人らの主張
一 国家賠償法(以下、国賠法という。)二条所定の営造物は抽象的な物ではなく、現実に存在する物である。プールも単に一定の型に仕上つたコンクリートで固められ水を貯えたものではなく、一定の場所に一定の目的のもとに設置されたものである。したがつて、大人用、子供用のプールが並存する場合には、子供が大人用のプールに移行する危険に備えて柵等の障害物を設ける必要がある。かかる場合柵等の障害物はプールの一部と考えるべきであり、かかる障害物を設けることによつて通常考えられる安全性を具備したプールといえるのである。次にプールの監視員は、それ自体営造物といえないとしても、本来の設備に代え、又は設備の不備を補強するものとして、プール利用者の危険防止のため設けられる物的、人的設備はこれを合して全体として一の営造物となるとみるべきであるから、監視員の数、監視の程度が物的設備との関連において安全確保上不十分な場合には、プールの設置・管理に瑕疵があるというべきである。したがつて、大人用、子供用のプールが並存している場合、柵の設置、監視員の確保は不可欠であるが、被控訴人ら主張の大阪郵政レクリエーシヨンプール(以下、本件プールという。)では大人用と子供用プールの間に柵はなく、監視員はアルバイトの大学生一名が終日プール利用者の監視と入場者の受付を兼ね、監視体制も不十分であつたから、営造物の設置・管理に瑕疵があつたといわねばならない。
二 訴外大槻忠に亡今村吉寿の死亡について過失があつたとしても、被控訴人らの過失ということはできない。
三 本件訴訟物は一個であるから、被控訴人らの請求額を超えない限り、逸失利益、慰藉料を相互流用して認容すべきである。
四 被控訴人らは、本件訴訟のため、少くとも五〇万円を弁護士費用として支払わねばならないので、従来の請求を各二五万円拡張し、附帯控訴の趣旨のとおり判決を求める。
五 後記控訴人主張の大槻忠が被控訴人らとの間の訴訟上の和解に基づき昭和四七年四月三〇日控訴人らに対し五〇万円を支払つたことは認める。
控訴人の主張
一 国賠法二条所定の「公の営造物」とは、国又は公共団体の公の目的に供される有体物ないし物的設備のみを指称するものであつて、人的施設を含まず、又「設置又は管理に瑕疵がある」とは、設計、建造等に不備、不完全があり、あるいはその後の維持、保管や修繕に不完全があるため、営造物自体が通常備うべき安全性に欠けている状態をいうと解するのが相当である。したがつて、同条による責任を負うか否かは、営造物の安全性の欠如が営造物に内在する客観的な物的瑕疵、すなわち営造物を設置又は管理する行為に起因して生じたものであるか否かによつて決せられるべきであつて、単に管理者の作為、不作為義務違反によつて決せられるべきではない。
プールにおいて、大人用と子供用のプールを併設した場合、年少者だけでも入場を許す使用条件が付されているときは格別、かかる入場が許されていない場合には、プールの利用は利用者自らの全責任(年少者は当該年少者を同伴した利用者)においてなされるべきであつて、両プール間に柵等の障壁類を設置することは何ら必然的な要請でもなければ、当然にはこれに代るべき管理体制をとらなければならないものではない。これを本件プールについてみるに、その利用対象者は郵政省の職員及びその家族に限られ、しかも年少者のみで来場した場合には入場を許すことはなく、施設面においても、大人用つまり一般用プールは一般遊泳プールであつて大人専用ではなく、水泳能力を有する子供や保護者の指導の下に水泳練習をしようとする子供も利用が可能である。これに対し子供用プールは単に幼児又は小学校児童等の水遊び用施設ともいうべきである。それに大人用と子供用プールの間に柵等の障壁を設置しなかつたのは、本件プールが郵政省職員及びその家族のレクリエーシヨンのための厚生施設で、職員をして経済的負担なく(利用は無料)、かつ気軽に利用せしめることのほか、水泳、水遊びを通じて家族団らんの機会をもたせることによつて職員に英気を養わしめんとするにある。したがつて、両プールの間を柵等をもつて往来を遮断することは本件プール設置の意図、目的の実現を失わせるものである。要するに、本件プールの設置、管理は、プールを使用しない夜間や季節外にプールの敷地内に外部からみだりに人が侵入するのを防止する設備を施せば必要にしてかつ十分足りるというべく、本件プールにはその周囲に塀をめぐらし、プールへの出入口を通る以外にその中へ入ることは不可能であるから、その設置、管理に瑕疵のないことは明らかである。
仮に人的設備も国賠法二条の営造物に該当するとしても、本件プールの監視体制は必要にしてかつ十分であつた。すなわち、プール自体の有する危険性は、プールがプールとして機能を有し、利用者がそれを利用する事実が存する以上常に随伴するものである。したがつて、かかる危険性を有するプールを自己の意思に基づいて使用する以上利用者は自らの責任において利用すべきものであつて、本件プールの利用についても要監護者を同伴した職員は、自らの全責任において要監護者を監視する義務を有することは自明の理というべきである。そのうえ、本件プールには監視員の上司として場長が存在し、場長は監視員を雇用した際、規則書を見せたうえ監視員としての心構え等を説明し、雇用期間中も時に応じて監視のあり方等についての注意を喚起していたのであり、かつ本件プールは長さ二五メートル、七コースの規模であつて、プール内のどこにいても監視員一名をもつて十分すみずみまで監視しうる状況にある。仮に一名の監視員では不十分であつたとしても、吉寿の死亡事故(以下、本件事故という。)が発生した午後四時頃には、本件大人用プール内及びプールサイド等にいた利用者は全部で十数名であつたから、少なくとも本件事故発生時点における監視員は一名で十分監視しえたもので、何ら監視体制に欠けるところはなかつたものである。
二 仮に、本件プールの監視体制が欠けていたとしても、本件事故発生時には一〇名位は大人用プール内で泳いでおり、又プールサイドにも数名の利用者がいたにもかかわらず、吉寿が水中に没するのを目撃した者がいないのであつて、これは吉寿が一瞬のうちに水中に没し、再び浮上しなかつたことを示しているというべきである。してみると、本件事故は十数名の全員がプール水面から一せいに視線をはずすという通常ありえない偶然の一瞬のうちに発生した不幸な事故というほかはなく、不可抗力というべきである。
三 更に、本件事故は吉寿の母である被控訴人今村久子から吉寿の監督を依頼された大槻忠の監督義務懈怠に基づく一方的な過失により発生したもので、本件プールの設置、管理の瑕疵とは全く無関係である。
四 被控訴人らの本訴請求のうち逸失利益は一部請求(四七七万七、五〇〇円のうち二〇〇万円)であるところ、残額二七七万七、五〇〇円はすでに原審口頭弁論終結時(昭和四七年八月二三日)以前の時点において消滅時効期間を経過したものである。したがつて、右時効消滅した残額部分を含め、一部請求額を超えた損害額について過失相殺することは、被害者のみを優遇する結果となり、損害の公平な分担という損害賠償制度の理念に反するとともに、一部請求を認める判例の立場に立てば、当該訴訟で請求していない部分は審判外にあるから、その部分を過失相殺による減額部分に充当することはできないというべきである。
五 仮に控訴人に被控訴人らに対する損害賠償義務があるとすれば、控訴人の右損害賠償義務と、大槻忠の被控訴人に対するそれとは不真正連帯債務というべきところ、大槻は被控訴人らとの間において成立した訴訟上の和解に基づき昭和四七年四月三〇日被控訴人らに対し吉寿が本件事故により被つた損害賠償として五〇万円を支払つた。したがつて、控訴人の損害賠償債務額から右五〇万円を控除すべきである。
証拠(省略)
理由
一 被控訴人らの長男今村吉寿(当時七才二月)が、昭和四四年七月一三日大槻忠に連れられ午後一時二〇分頃から被控訴人ら主張所在の本件プールで遊泳し、吉寿が同日死亡したこと及び本件プールは控訴人が郵政省職員の厚生施設として同職員その家族の利用に供することを目的として設置し管理している公の営造物であり、大人用と子供用のプールが隣接しその境に通行を遮断する設備がないことは当事者間に争いがなく、(証拠省略)を総合すると、吉寿は同日午後四時一〇分から同四時三〇分頃の間に本件大人用プールで溺死したことが認められる。
二 (証拠省略)によると次の事実が認められる。すなわち、本件プールは大阪郵政レクリエーシヨンセンターとして野球場、バレーコート(二面)、テニスコート(四面)とともに併設され、同センター正面入口の右側には横書きに長さ一メートル、幅一・三五メートルの大きさで「大阪郵政レクリエーシヨンセンター」なる表示がなされており、同センターの周囲にはテニコート、バレーコート部分及び野球場の一部分に高さ三メートルの金網、野球場の大部分及び本件プールその他の部分に高さ二メートルの金網が張り巡らされ、本件プール部分は同センター内側部分においても高さ二メートルの金網をもつて囲み、本件プールに入場するには同センター正面入口から同センター内に入り更に本件プールの受付を兼ねた脱衣棟を通らねばならない設備となつている。本件プールは七月一日から九月一〇日まで午前九時から午後六時までの間無償で利用でき、その利用資格は郵政省の職員及びその家族に限られ、職員は身分証明書、家族は共済組合員証、又はそれに相当する証明書を右受付で提示することとされ、右受付では同センターの事務員が利用者の受付事務を行ない、プール利用者受付簿に右証明書等に基づき利用者の氏名を記入していた。右受付簿の記載によると本件プールの利用者は昭和四四年七月三日から同月一二日までは利用者の多い日曜日でも二五名程度であつたが、本件事故当日である同月一三日(日曜日)は一六九名、同月二〇月から利用最盛期の同年八月一七日までの各日曜日は三六二名ないし五九八名であり、その間は平日でも一〇〇名を超える日がほとんどであり、二〇〇名を越える日もあつた。
大阪郵政局長は同センターの維持運営に関する業務について、財団法人郵政弘済会大阪地方本部との間で請負契約を締結し、本件プールに指導員を配置して入場者の指導監視を行なわせることを請負わせていた。同弘済会はアルバイト大学生安井和智を雇い、同人が本件プールの監視を午前一〇時から午後六時まで、昼食時間中は同センターの事務員と交替して行なつていたが、本件事故当日は同センター内においてテニスの行事が行なわれていたので、安井が利用者の入場受付をすることもあつた。安井は監視員として雇われた際規則書に基づき口頭をもつてプールの監視をすることと、プール内での禁止行為について説明を受けたが、具体的な監視方法については安井の任意に任かされ三〇分に一回位プールを巡回して見廻るほかには、常にプールサイドにおいてプール内の状況を監視するということはなく、本件事故当時は子供用プールサイドに寝ころんでぼんやりしていた状態であつた。
本件事故当日郵政省職員大槻忠は午後一二時三〇分頃から自己の子供哲也(当時九才)、俊文(当時七才)のほかに、知人の子供である竹網稔也(当時一一才)、まさひろ(当時九才)及び隣人の被控訴人今村久子から本件プールへの同行を依頼された吉寿(小学校一年生、当時七才)の五名を同伴して本件プールに赴いた。吉寿と俊文は泳げないのでもつぱら子供用プールで遊び、午後四時一〇分頃には子供五名とも小人用プール付近で遊んでいた。大槻は大人用と子供用プールの境のコンクリートベンチに坐り子供らを見ていたが、しばらくして帰宅しようとした時吉寿の姿が見えないことに気がついた。大槻は直ちに子供らと手分けして吉寿を探していたところ、同四時三〇分頃本件プールの利用者が大人用プールに沈んでいた吉寿を発見した。
以上の事実が認められるほか、本件プールの規模は、原判決一〇枚目表三行目から同裏六行目までの認定と同一(ただし、原判決一〇枚目表四行目の「七号証」の後に「第一〇号証の一ないし三」を、同五行目、六行目の「第四号証」の後に「当審における検証の結果」をそれぞれ加え、同九行目の「幅一五メートル」を「幅一六・八メートル」と改める。)であるから、これを引用する。
三 そこで、本件プールの設置、管理の瑕疵の有無について判断する。およそプールはその利用者の身体上の故障、水泳の未熟あるいは水泳不能者の転落等が原因となり水死する危険を伴うものであり、特に本件プールは大人用と小人用プールが併設され、その間に柵等による往来の遮断設備がないのであるから、年少者の利用による事故の発生が考えられるところである。したがつて、プール利用者自身がかかる事故が発生しないよう注意する義務があり、年少者単独の利用が許されず同伴者に年少者の監督義務があるにしても、プールの利用について右の危険が伴う以上、プールの設置者はその利用の安全を確保するための設備、手段、たとえば大人用と小人用プールの間に柵等の障壁を設置するとか、監視人を配置する等の方法を構じていない限り、プールとして通常備えるべき安全性に欠け、その設置、管理に瑕疵があるというべきである。もつとも、いかなる手段、方法を選択するかは、プール設置の目的、プールの構造、規模、大人用と小人用プールの位置関係、利用者数等を考慮し、決することができるというべきであつて、大人用と小人用プールが併設されている場合でも、他の手段、方法でプール利用の安全性が確保されている限り、必ずしもその間に柵等の障壁を設置しなければならないものではない。したがつて、本件大人用と小人用プールとの間に柵等の障壁が設置されていないことをもつて直ちに瑕疵があるということはできない。
進んで本件プールの監視体制について判断するに、前記認定のとおり、本件事故当時本件プールの監視員はアルバイト学生一名であり、監視の方法については責任者からの特段の指示はなく監視員に一任されていたものであるうえ、もともと夏の炎天下に本件プールを一人で終日緊張した監視を維持継続することは至難なことであつて、疲労による注意力の減退は避け難いというべきである。前記利用資格が限定されていることを考慮に入れても、前記認定の規模、利用者数のある本件プール利用の安全を確保するためには、少なくとも監視員を二名ないし三名配置し、常時プール利用者を監視して事故の発生を遅滞なく発見し救助しうる体制を整えておく必要があつたというべきである。してみると、一般的に監視員を常時一名配置したのみで他に安全確保のための手段、方法を構じていない本件プールは営造物としての人的施設の面でその設置又は管理に瑕疵があつたというほかはない。
四 ところで、控訴人は本件事故発生時刻の午後四時頃本件プール利用者は十数名であり、監視員一名であつても、その人的施設の面で瑕疵はない旨主張するので考えてみるに、(証拠省略)によると、本件事故発生時刻の午後四時頃は本件プールの利用者は大人一二名か一三名、中学生五名位で比較的自由に泳げる状態であつたことが認められるが、上述のとおり本件プール利用の安全を確保するためには監視員一名では足りず、かつ一名では終日にわたる監視について万全を期することが期待しえないのであるから、利用者の増減にともない監視員も増減し、適宜交替するなどして監視員が終日の監視により疲労をきたさないような監視体制を確立していない限り、たまたま時間的に利用者数が減少したからといつて、本件事故が前記瑕疵に起因しないものということはできない。したがつて、控訴人の右主張は採用できない。又控訴人は本件事故当時の本件プールの利用者全員が吉寿の水中に没する姿を目撃していないという偶然の一瞬のうちに発生した事故であつて、不可抗力であると主張するけれども、プール利用者はもともと自身の持つ目的のためプールを利用しているもので、他の利用者の動きに注意を払うことが少ないのであるから、利用者全員が事故を目撃していないことをもつて本件事故が不可抗力であるということはできない。控訴人の右主張も採用できない。しかして、前記認定事実によると、吉寿の死亡は前記本件プールの瑕疵に起因するものというべきである。
五 次に控訴人らの損害について判断する。
(一) 吉寿が本件事故により四七七万七、五〇〇円の得べかりし利益の損害を被つたとする当裁判所の判断は原判決一七枚目表八行目の「今村吉寿が」から同一八枚目表九行目の「いうことになる。」までの記載と同一であるから、これを引用する。
控訴人は、本件事故は大槻忠の一方的な過失により発生したものである旨主張するけれども、後記認定のとおり、大槻忠の過失はいわゆる被害者側の過失ということはできないから、控訴人の右主張は採用できない。しかしながら、前記認定のとおり、吉寿は本件事故当時七才で小学校一年生であり、かつ(証拠省略)によると、小学校学習指導要領として第一学年には水遊びの心得として、ひざぐらいの深さで遊ぶこと、あぶない場所で水遊びをしないこと等を知らせることが定められていることが認められるから、小学校は右学習指導要領に基づいて水遊びの危険なことを学生に注意し指導していたというべく、したがつて吉寿はプールその他の場所での水遊びの危険性に対する事理を弁識するに足る知能が具つていたというべきである。そして、吉寿は水泳の能力がなかつたのであるから、本件プールで水遊びをするについては単身で大人用プールに近付かないよう充分に注意すべきであつたのにこれを怠たり、大人用プールに自ら遊んで近付き、転落したか又は単身大人用プールに入つて溺死したものであつて、吉寿に過失(不注意)があつたといわねばならない。他方、前記認定のとおり本件プールの利用は無償であつて、利用資格者のない者の利用は許されておらず違法であり、吉寿の親権者母である被控訴人久子は、吉寿が無資格者であることを知つていたものというべきである。にもかかわらず、同被控訴人が違法に吉寿をして本件プールを利用させながら、その違法利用に基く損害(同被控訴人が吉寿に本件プールを利用させなかつたならば、本件事故は発生しなかつた)の全額を控訴人に負担させるのは信義・公平の原則に反するものといわねばならない(ちなみに、自動車の運行供用者は、自動車にかつてにもぐりこんだような者に対しては、安全運転の義務を負わないとして賠償責任を否定すべきである)。従つて過失相殺の規定を類推して吉寿の被つた損害額を減額すべきである。なお、前記認定事実によると大槻忠は吉寿を監督すべき地位にありながら、吉寿が溺死した時の同人の行動について充分な監視がなされていなかつたもので、監督者としての注意義務を怠つた過失があるというべきであるが、前叙のとおり吉寿に事理を弁識するに足りる知能が具つており、しかも、吉寿と大槻忠とは近隣の間柄にあり、本件事故当日吉寿の母被控訴人今村久子から本件プールへの同行を依頼されたほかには、身分上ないしは生活関係上一体をなすとみとめられる関係はないから、大槻忠の右過失をもつていわゆる被害者側の過失ということはできない。監督義務者たる被控訴人今村久子及び吉寿自身の各過失を参酌すると、同人の逸失利益は四七七万七、五〇〇円から六〇パーセント強減額し一九〇万円とするのが相当である。
(二) 吉寿は本件事故(死亡)により精神的苦痛を被つたことは認めるに難くなく、前記認定の各過失を考慮すると、その慰藉料は一〇〇万円が相当であると思料する。
(三) してみると、吉寿は逸失利益一九〇万円と慰藉料一〇〇万円の合計二九〇万円の損害を被つたというべきであるところ、被控訴人らが吉寿の父母であることは当事者間に争いがないから、被控訴人らは吉寿の控訴人に対する二九〇万円の損害賠償請求権を二分の一宛、すなわち各一四五万円の損害賠償請求権を相続したというべきである。なお、被控訴人ら固有の慰藉料請求は、吉寿の慰藉料請求が認められない場合の予備的請求であるから判断の必要がない。
(四) 控訴人は、被控訴人ら請求の逸失利益は一部請求で、これを超えた損害額について過失相殺することは不当である旨主張するけれども、不法行為に基づく一個の損害賠償請求権のうちの一部が訴訟上請求されている場合には、損害の全額から過失相殺をすることができると解すべきであり(最判昭和四八年四月五日民集二七巻三号四一九頁参照)、又過失相殺は損害賠償請求権を判断する前提としての損害額を算定するにつき不法行為時における被害者の過失を参酌するものであるから、過失相殺後の損害額が一部請求額を超えない限り、過失相殺をするについて一部請求額を超える部分の損害賠償請求権が現在時効により消滅していることにかかわりがないというべきである。控訴人の右主張を採用しない。
(五)ところで、大槻忠が被控訴人らとの間の訴訟上の和解に基づき昭和四七年四月三〇日被控訴人らに対し吉寿が本件事故により被つた損害賠償として金五〇万円を支払つたことは当事者間に争いがない。大槻忠の弁済は第三者の弁済として被控訴人らの意思に反しないものであつてその効力があるというべきであるから、前記控訴人らの各一四五万円の損害賠償請求権から各二五万円を控除すべく、控除後の損害賠償請求権は各一二〇万円となる。
(六) 控訴人らは本訴請求の損害について控訴人から任意の支払を受けられず、本件事案の内容から一般人として訴を提起して追行することが困難であるため弁護士に委任して本件訴訟の提起を余儀なくされたことは、弁論の全趣旨に照らして明らかであるところ、本訴請求権、前記認定の損害額、本件事案の難易、本訴審理の経過等を勘案すると、控訴人が負担すべき弁護士費用は被控訴人らに対し各一五万円が相当である。
六 してみると、控訴人は被控訴人らに対し、各一三五万円及び内一二〇万円に対する本件事故日の翌日である昭和四四年七月一四日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務を免れず、被控訴人らのその余の請求は失当として棄却すべきである。
七 よつて、本件控訴及び附帯控訴に基づき、右と結論を異にする原判決を変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九八条、九二条、九三条を適用し、仮執行の宣言はその必要がないものと認め却下することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 山内敏彦 阪井いく朗 宮地英雄)